#235 「負けず嫌い」

 自分の性格のひとつに「負けず嫌い」があるというのは前々から思っていたことだ。しかし単なる負けず嫌いではなく、もれなく取り込みたい、失いたくないという気持ち(これはシンガポールでは「キヤス」というピッタリの言葉がある)が強いというおまけもついている。こんな性格がベースにあるから、「せっかち」という別の気質も生み出す。つまり、手元にたくさん抱えすぎるのだ。しかもそれを限られた時間の中ですべてこなそうとするから、どうしても「せっかち」にならざるを得ない。決してもともとはせっかちではなかったと思う。もっとのんびりしていたと思う。「せっかち」は実は自分では好きではない。何だか器の小さな人間にも見えてくる。また、それがために仕事が粗くなったり、質が落ちたりする。そうなるのはとても不本意なのだが、それでもベースに「負けず嫌い」と「キヤス」があるから仕方がない。

 ところで、今朝このことを考えていて、どうして「負けず嫌い」というのだろうとふと不思議に思った。つまり何故「負ける嫌い」ではなく「負けず」なのか。これなら勝つことが嫌いという意味にはならないのだろうか。

 似たような言葉に「食わず嫌い」という言葉がある。これはすっと腑に落ちる。実際には食べていないのに、思い込みで嫌うという意味がすぐ浮かぶからだ。この言葉から「負けず嫌い」をひも解くと、「実際には負けていないのに、思い込みで負けることを嫌う」という解釈ができる。なるほど、と自分で納得するのも可笑しい。「食わず嫌い」の背景には「四の五の言わず、まずは食べてみろ」という教訓がうっすらとあるのではないかな。そうすると、「負けず嫌い」には「四の五の言わず、まずは負けてみろ」という教訓があるとも取れるのではないか。我ながら深い。

 まあこういうことはネット検索したり、AIに聞いたりすれば、答えとしてすぐにその言葉の由来なんかが出てくるのかもしれない。でも今の時代、あえて自分の頭だけで考えてみる。それもよかろう。何せ「負けず嫌い」だから。

(写真:焦げパンは進んで食べます。食わず嫌いじゃない)

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