#225 「マスク」

 このブログを始めたのが2024年の1月、その頃にはすでに新型コロナ感染症は第5類に移行(2023年5月)されていて、最初はおそるおそるだったが、人々の心もコロナを卒業して経済や人的交流を活性化させる方向に舵を切ってきた。

 コロナ禍のころはいろいろなキーワードがあり、「三密」とか「自粛警察」とか「リモート」とか「ソーシャルディスタンス」とか思い出せるものもあるが、たいがいはもう過去の闇に消え去ってしまったようだ。あまり好んで思い出したくない黒歴史である。あ、こういう場合は黒歴史とは言わないのかもしれない。

 しかし新型コロナが5類移行してから3年もたつのにいまだにマスクは生活のお供になっている。例えれば帽子のようなものだ。出かけるときに帽子をかぶる習慣のある人は、無意識にそれをやっている。帽子がないと「なんか忘れた」という感覚に自然に陥るようなものだ。冬で言えばさしずめコートか。

 マスクをつけたり外したりする理由があまりなくなってきている。室内でお互いにマスクなしでしゃべりこんでいて、「ではこの辺で」とマスクをつけて外に出たりする。朝、ゴミを捨てに行くときに誰もいない静かな通りをマスクをつけて歩いたりする。「マスクをつける」ことに科学的な根拠が薄れてきているのだ。

 「ここではマスクは外す」という場所は習慣化されてきている。代表例は当たり前だけど外食のとき。しかし込み合っているレストランの中や仲間同士の食事会などでその場だけマスクを外し、終わったら何気なくまたつけるというのは感染上の理由からだけ言えば、こんなにおかしなことはない。まあコロナ禍の最中は、「孤食」とか「黙食」とか「パーティション」とかで感染予防をしていたというのもある。

 マスクをつけている率を都市ごとに比較してみれば面白いと思うが、神戸は個人の印象ながら、つけている率は他都市に比べて高いように思う。しかし、それも夏真っ盛りになってくると、だんだんその率は低くなってくる。暑い夏にマスクをつけるのは何とも苦しいものだから。

 私たちの場合は、妻が感染症にかかると重症化する恐れがあるということもあって、他の家庭に比べると依然マスクをつけることが多い。本人だけが気を付けるのではなく、当然、家族としても気を付ける必要があるからだ。

 一度パンデミックを経験すると、なかなかその習慣は元に戻らないものだ。ひょっとしたらすべての人がコロナ前の時代のような習慣に戻るのは難しいのかもしれない。

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