#224 「LINEをめぐる風景」

 いつ頃からこの便利なツールLINEを使うようになったのか正確には覚えていないが、10年はゆうに超えているだろう。そこで調べてみると、発端は東日本大震災の後に「大切な人といち早くつながれるためのツール」として開発されたのだそうだ。「既読」がわかるシステムも、そんな安否確認の意味をこめて作られたようだ。

 だいたい新しい流行は最初は疑り、そして反ポピュリズムを掲げてなかなか利用に至らない私も、このLINEだけは結構早くから始めていたと思う。だいたい初めてスマホを使い始めたのが(世間からはかなり遅れて)およそその頃だったと思うので、スマホの標準装備のような感じで使い始めたと思う。介護施設で働いていたので、スタッフ間で連絡を取り合うには便利なツールだった。

 しかしあくまで連絡を取り合うためのツールだった。アポイントを取る、時間に遅れそうなことを知らせる、明日持っていくものを確認する、今どこにいるか聞く、全体向けのお知らせをするなどなど。それがいつの間にか自分の気持ちを語るようになり、愛や憎悪までも伝えあうようになった。喧嘩の後に謝るためとか、日頃の感謝を伝えるとか、長い間会えない寂しさを伝えるとか、相手への非難をするのに使われるとか。それは自然な流れかもしれない。やはり瞬時に相手に気持ちが届く便利ツールなのだから。そして、少しでも感情を伝えるために絵文字が登場し、スタンプが登場し、その後もこの感情補完ツールは進化し続けている。最近では、相手のコメントの下に小さな顔マークをつけて、最低限の「承認」を伝えることもできる。LINE運営者もいろいろ考えているようだ。

 LINEでそれらの感情的なところのやり取りをするのを否定するわけではないが、自分がそれを受け入れるだけの責任と相当の覚悟が必要だと思う。面前で話し合うのと違って本当に伝わりあうまでに何度もやりとりを続けなければいけなくなるからだ。すなわち、LINEのコメント一言ひとことが会話だから。それでお互いがすっきり解決するのだったらいい。あとは、それだけやり取りする時間も気持ちも余裕があるのなら。

 面前の会話だったら、ちょっと間違ったことを言ってもすぐに訂正もできる。その訂正に感情を上乗せしたり、何よりその瞬時の表情の変化によって言ったことの受け取り方も認識できる。しかしLINE(だけではないが、テキストで送るメッセージ全般)は往々にして「言った後の責任」が大切なのに、それがあいまいになることがある。思いが字になって残るので、それは後からわかりやすく追及できるのにだ。だから怖いし、そう簡単にやり取りできないことも多い。

 「一晩寝かせる」のブログでも書いたことだが、まあメールで一晩は長いほうではないかもしれないので許してもらいたい。一晩寝かせることによって、自分の気持ちが整理されたり、相手への思いやりが先に立つようになったり、どうでもよくなったりすることも多い。LINEについてもそれを心がけるようにしたいと思う。

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