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#222 「昭和の父、昭和の息子」
先日は父の日であり、そして同時に私たちの結婚40周年記念日であった。こうして二つの日が重なるのは何年に一回かわからないが(皆既日食のように)ダブルでお祝いの夕食会は楽しいものだった。
私たち夫婦の両親の四人のうちまだこの世に残っている最後の一人である父、今年94歳とはいってもこの健啖家ぶりはあと10年は確実に生きるであろうと予想される。近くの和食レストランの豪華なセットをゆっくりではあるがペロリと平らげた。そして生ビール大ジョッキを一杯。普段アルコールは自ら進んで飲まなくなったが、出すと必ず飲み干すのだ。
昭和初期に生まれた父であるが、昔の封建的な専制君主的な姿はなく、むしろこまごまと動き、新しいことを自ら探して楽しむような人であった。どちらかと言えば昔気質というよりモダンなタイプで。しかしあまり人前に進んで出るタイプではなく、目立つことを嫌い、控えめでどちらかと言えば大人しい人だった。性格は温厚で、それは今も変わらない。しかしプライドが高く、内面では社会に対する怒りや批判的精神の大きい人ではなかったかと思う。表と裏があるため、息子にもわかりにくいところがあった。
そんな父に対して嫌だと思った想い出がひとつある。それは、父の日や誕生日などに私は頑張って準備した手作りのカードやなけなしの小遣いで買ったプレゼントなどを贈っていた。それをドキドキしながら渡した後の父の反応がいつも「こんにゃろう(このやろう)」という言葉だったからだ。正直、幼い私は戸惑っていて、なんで「こんにゃろう」なのか混乱していた。あとでよく考えたら、それは父の照れ隠しの意味であったのだと理解できるのだが、それはもしかしたら素直に外に出せない、秘めたる愛情表現であったのかもしれない。昭和の父。恥ずかしくて素直に「ありがとう、よく頑張ったね」とは言えなかったのだろう。そんな父について「器が小さい」と思うのが、自分の精一杯の反骨精神だったように思う

特にアメリカの映画を観ていると、これでもかというくらい家族間で愛情表現をする。子どもたちの親に対する尊敬の念、親の子どもたちへの愛情、これを包み隠さずに「出したもの勝ち、言ったもの勝ち」のように出す。なかなか昭和の日本人のおじさん、おじいさんには難しい技である。しかし今の社会では「愛情は出さないとわからない、伝わらない」というのが主流ではないかと思う。言語化の時代。「おくゆかしい」というのは流行らない。
かくいう私も正真正銘の昭和の申し子。最近思うのは、たまに父を反面教師のように見ている私も、「ああやはり親子、似ているなあ」と思うときがある。毎日のルーティーンとか、やたらとプライドが高いところとか。わかりやすい人間ではないところとか。おそらく父は私より先にこの世から姿を消すとは思うが(もちろん100%ではないが)その時に自分はどんな感情でいるのか。今はまだ知るよしもない。

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