#216 「個人情報は探りながら手に入れるもの」

 いこいの広場3丁目の「おやくそくごと」の中に、「お互いにプライバシーを聞き出すのはご遠慮ください」という項目がある。しかしこれは世間によくある本音と建前の原理を働かせるものと思っている。よく考えたらお互いに「まったく相手の個人情報がわからないまま」話を続けることほど味気ないものはないような気がする。今日の天気のことを話すのか、今の政情を嘆くのか、物価が高いですねとかの話題か、いずれにしても相手がどんな人かまったくわからない状態で話をふくらませるのは難しい。

 シンガポール滞在時に中国語を勉強していた。大手の語学学校でクラスに入っていたのだが、そこで使われていた教科書の中の課題文の中で「中国人はよく人の個人情報を聞き出したがる」というのがあって興味深かった。理由は「そこから話をふくらませるきっかけにするから」というものだったと思う。中国人はとにかくお互いの懐に深く入り込んだコミュニケーションを好む国民だと思っている。

 それで考えると、こういう傾向はアジア人には割と共通しているような気がする。シンガポールにいたときによく聞かれたのは「給料はどれくらい」「日本に持ち家があるか」「今住んでいるところの家賃はいくらか」などのお金や家の話だった。他の国でもお金や生活レベルの話は多く、「二ホン、タカイネ」というのは定番のように言われていた。また日本人というだけで生活が豊かだという固定観念もあり、それを前提で話されることも多かった。今は昔・・・

 では日本人はどうかというと、「やたらと相手の年齢を聞きたがる」ということで有名(?)だ。ある英会話のクラスで、日本人の生徒が西洋人の先生に年齢を聞いて、先生が「日本人はなんでそんなに年齢を聞きたがるの!」と烈火のごとく怒ったという実際のエピソードもある。私は人のことが言えた義理じゃないので、ここはあまり批判的には言わないようにする。やはり自分も聞きたい方だからだ。あと聞きたがるのは何の仕事かとか肩書とか役職とか。これは暗に相手との距離の取り方や、極論すれば上から行くか下から出るかなどを図っているためではないかと考えている。このような悪しき性癖や壁を取っ払うのが「いこいの広場」なので、その主本人がちゃんと「おやくそくごと」を守らなければならないのだが、なかなかそれが出来ていない。

 とにかくコミュニケーションの突破口は相手の個人情報であることも間違いない。しかし今は「個人情報守秘義務」が独り歩きしていて、何かにつけて「それは個人情報ですから」とかやたらと文字を隠す、顔を隠す、但し書きをつける(特にテレビ番組)とか、いつもいつも神経を使うのが日常になっている。しかし実際はその「個人情報を出した、あるいは出されようとしている」人がどう受け取るかが問題の核になるべきだと思うので、体裁だけ整えてもあまり意味がない気がする。また必要以上に個人情報を隠しすぎて、まったく内容の乏しい、無意味な会話が展開されることになるのも寂しい気がする。

  サンドイッチマンの「病院ラジオ」という非常に優れた番組がある。大好きでよく録画して見ている。その中で、ボケ役の富澤さんのほうが必ず「え~大体おいくつくらいですか?」とか「今まで何年くらい生きてきましたか」とかダイレクトになら「個人情報です!」となりそうなところを笑いに変えて、しかも全員が「だいたい62歳です」とか「55年生きてきました(笑)」とか実際の年齢をユーモアを交えて答えている。定番の質問になっていて、その後番組を見る人も、より想像力をふくらませて番組を楽しむことができる。

 いこいの広場でも、話の流れから参加者が自然に個人情報を言うことになったり、あるいはぼかしたかたちでそれらを聞き出したりしている。そして定番行事としてご新規さんが訪問された時は、必ず全員が(1分)自己紹介をしている。一日に2~3回自己紹介セッションがある日もあるが、そこはレギュラーさんは慣れたものだ。自己紹介しながらお互いを探り合っていく。そして手に入る範囲での個人情報から話をふくらませていく。そしてお互いに共通点を見つけたり、強みを発見したりして終わりのない旅は延々と続くのだ。会話の達人がいこいの広場にはたくさんいる。      (写真:出張いこいの広場@ナカニワ 令和8年5月13日)

コメント

コメントする

目次