#232 「オナラの効能」

 年を重ねるとお尻の穴がゆるくなって、ときどき意図もせずオナラがプッと出ることがある。また、お腹の調子が自然にそうなるのか、何故かお腹にガスが溜まりやすく、オナラが出る機会が増えてきた気がする。しかし「オナラが出そう」という瞬間は(まだ)わかるので、会議中など大事な場面では、肛門回りの筋肉を最大限使って放出を止める。今のところ何とか止められるが、それでも若いときよりはそれがきつい。筋肉を絞り切れずに「プ」と小さい音で出てしまうこともたまにあるが、知らん顔をするようにしている。先日はつどい場カフェで正直に「ごめん、オナラ出ちゃった」と告白したら、「言わんかったらわからんかったのに」と笑われたので、やっぱり知らん顔に限る。

 道を歩いているときは喧騒に紛れて、「なるべく小さい音で我慢せずに出す」が原則だ(私の)。まあほとんど気づかれることはないはずだ。しかしたまに油断していると、回りに誰もいないと思ってプッとやると、すぐ後ろの死角に女性が歩いていたなんてことがたまにある(実は、先ほどもそれがあったばかりだ)。もちろん「どこ吹く風」の顔して歩き続ける。

 さて、オナラ、オナラと連呼するブログも初めてだが、オナラは人間の立派な生理現象で、あくびやゲップやクシャミなんかと同じはずだ。生きる営みのひとつだ。「生理現象とは」を調べてみたら、人の生命維持のために必要な、身体の中で自然に起こる動きのことということだった。そして呼吸、鼓動、消化、排泄などのとても重要な機能がその代表になることがわかった。つまり、オナラは呼吸や鼓動のようにとても大切な体の仕組みだ。しかしどうしてもオナラと言うと、不謹慎、とか恥かしいとか、笑いものとかの言葉とともに語られ、ランク的に最下層に分類される。なぜなのか。「屁でもない」とか「屁みたいなやつ」とか言われるのはなぜなのか。

 ちょっと考えたが、それはその生理現象に「嫌な臭い」がつくためかもしれない。オナラを好んで嗅いでまわる人は、まあ「変態」扱いされるだろう。実は高校時代、雨の日に校内で朝礼をしたことがあって、男子学生でぎゅうぎゅうになっていた。その時に我慢できずにオナラをしたことがある。幸いにも音は出ずに「ス~」というやつだったが、数秒後に回りで上を下への大騒ぎになった。もちろん知らん顔をしていたが、それくらい臭かったということだ。

 そしてちょっと面白い音が出ることで「笑いもの」になるのかもしれない。プウ~だけでなく、ブッとかブリッとかたまにブリブリブリとか、あ、もうやめておこう。

 そんな「最下層にランキングされる」生理現象だが、過去にちょっとだけ人の人生を幸せにしたであろう経験がある。昔、まだ介護の駆け出し職員だったころ、認知症が重度に進んで寝たきりとなり、もう話しもできないし、無表情でときどき「ウ~ウ~」と声を発されるだけの利用者さんがいた。一日何度かのオムツ交換をしながら、今、この方の「生きている喜び」っていったい何なんだろうといつも考えつつ、声かけしながらケアをしていた。その時、ふとした瞬間にプーとオナラが出てしまった。ふつうは我慢してお尻の筋肉を絞るのが「ケアの倫理」だと言われそうだが、出てしまったものはしょうがない。すると、その音を聞いた利用者さんが「フ・・フ・・・フフフフフ~」と破顔一笑、声を出して笑い始めたのだ。おそらくオナラは昔からの馴染みの受けネタであったのだろう(か)。

 それからというものの、その方のケアに入るたびに私はオナラを出して笑わせていた。器用だなあと思われるだろうが、不思議なことにちゃんと出るのだ。きっと神様が味方してくれたんだろう。屁出たし、屁出たし~。

コメント

コメント一覧 (2件)

  • オナラをプッーと出せる事は幸せですね
    私は過去の痔の手術や大腸炎になってから、
    オナラと共にちょこっとお漏らしする事があるので、トイレでしか出来なくなってます
    阿々、太陽の下思い切りオナラをこきたし!
    ここで一句
    ズボンの屁、右と左に、泣き別れ

  • なるほど。視点を変えれば、「オナラをプーっと出せることが幸せ」という見方もできるのですね。その気高い一句の意味が今ひとつわからないのですが、またそれは会ったときの楽しみとしておきます。

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