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#212 「国宝見た?」
去年はこんな言葉が年間流行語大賞の候補にもなった映画「国宝」。日本全土を巻き込んで一大ブームとなった。で、私はだいたい性格が天邪鬼と言うのはこのブログでも何度も書いており、去年は意地でも見に行こうとしなかったこの作品も、そろそろ時効が来たのか、この度名画座に降りてきた機会に見てきた。やはり「興味」が「意地」に勝るときがいつかは来るのだ。それでここから先は「まだ見ていないがいつかは行きたい」と思っている方々には「かなりのネタバレ」になるので、読み進められない方が良いかもしれない。うっかり読んでしまわれた方の責任は負いかねますよ。
去年、激しく話題になっていた、そのまさに最盛期に見てきたという人に感想を聞くと、ほとんどが口をそろえて「よかった~」と言われていた。「うーんそうだな~」と首をかしげる方は先ずおらず、「よかった」獲得率100%と言っても過言ではなかった。
そして、正直、それを不思議に感じていた。中に少しでも違うフィードバックがあってもよかったし、少なくとももう少し詳しく「なぜ良かったのか」知りたかったからだ。しかし、実際に作品を見てみて、その「よかった率100%」の理由が分かった気がした。
つまり、それ以上の形容がなかなか出てこないからである。あるいは、それ以上の形容は「必要ない」と言った方が正しいかもしれない。いっぱしの映画評論ができるほど本数を見ているわけではないのであまり得意顔では言えないが、映画はだいたいがまずは見て聴いて、筋を追って内容を理解して、何が言いたいかを考えて共感したり共感できなかったりで、最後に全体としての作品の出来を評価するなどという感じだろうか。

では「国宝」はと言うと、筋書きに特に複雑さはないし、全体の流れも難しいものではないが、とにかく圧倒的なアートの力と演技力(文字通り歌舞伎を演じる力量)で、これ以上細部にこだわる必要はまったくないと変に納得しながら映画を観ていた。監督の李相日が、主役の喜久雄は吉沢亮以外にいないという信念で、そこから始まった作品だということだ。その中での吉沢亮の圧巻の演技はもうそれだけで「よかった率100%」を獲得するのに遜色ないと言える。3時間の長い映画で、最後に行くまでに若干間延びした感じがなくもなかったが、最後の「鷺娘」を踊る、その演目をこれでもかと見せて(魅せて)くれる、これは特良品である映画のラストにふさわしい長カットで、3時間と言う長い時間を最後の最後で「逆に短く」感じさせてくれる効果があった。
共演の横浜流星も、喜久雄の子供時代の黒川想矢にしても歌舞伎としての演技力はすごかったが、吉沢亮に引っ張られた(文字通りではなく、観ているものの印象として)ということもあったかもしれない。演目の「二人道成寺」も「曽根崎心中」も、これが筋書き重視の普通の映画だったら少し見せるだけのカットでもよかったが、特良品の「よかった率100%」の「国宝」だから、あれだけちゃんと長く見せる必要があったのだろう。
思ったことは、通常「良品」の映画なら、見終わったすぐ後に「もう一度見たい」と感じさせてくれるかもしれない。しかし、この特良品の「国宝」は逆にしばらくは見たいとは思わなかった。それくらい満腹感があったということだし、消化(反芻)に時間が必要と言うことかもしれない。おそらく1年くらいしてもう一度お腹がすいてきたら、もう一度見たくなるだろう。
とにかく今はこんな感じだ。「国宝見た?」「見た」「どうだった?」「よかった」。

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