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#208 「はたしてシンガポールは変わったのか②」
今回のシンガポール行きに二つの目的~人と会うこと、食べること~を掲げていたのは前のブログでもふれたが、実は(あえて)細かくスケジュールを組まず、アポもとらず、行き当たりばったりの「のんびり旅」にしようという思惑があった。それは、やはり妻の体調を考えながら臨機応変に動く必要があったことや、また実際に会いたくても「会えるかどうかふたを開けてみないとわからない」人もいたからだ。食べたいものも頭の中でこそ描いていたが、ではそれを「いつ、だれと、どこで」というアクションプランは「行ってみてから作る」という具合だった。
だがもっとも会いたかった、駐在員時代にアマさん(家事ヘルパーさん)をしてくれていたマレー系のアシアにはついぞ会うことができなかった。電話をかけても出ず、またその番号が本当に正しいのか使われているのかどうかもわからなかった。それ以上、追跡できるルートが見つからなかった。生きていればおそらく80代の前半。考えたくないが、もう天に昇っている可能性も十分ある。そうであれば、空の上からいつものように陽気に”Saya suda sini lah! Tidak pandai lah!”(もうこっちにいるよ!馬鹿だなあ!)”とでも言いながら大声で笑っているだろう。会いたいな。向こうに行く日が来たら会えるかな。
こんな風にノーアポノープランの旅も、関空の国際線出発ターミナルでSNSにつぶやいた後は、それを見た友人たちのお誘いが引けをとらず入ってきて、交通整理が大変なくらいになった。(SNSのなかった)18年前ならこんなことは起こらなかっただろう。あらためてSNSネットワークの力に驚いた。当初の「のんびり旅」の予定はかなり忙しいものに変わったが、それでも約束を一日の前半と後半に分けて、途中で必ずホテルに帰って2~3時間はたっぷり休むという行程が作れたのは幸いだった。急に売れ始めたスターの予定をマネージャーが汗だくで調整しているようで、なにより有難く嬉しい気持ちになった。
これだけ声をかけてくれるのは、もちろん18年という(学校を閉じて帰国してからだと21年)長い時を経て帰ってきたという事実もあるだろうけど、やはりシンガポール人の人をもてなす熱い気持ちと人なつこさ、そして何より人との交流を大切にするという国民性があってのことだったと思う。それを今回の旅では再認識するとともに心から有難く受け取らせていただいた。とにかくシンガポール人の「一つのアポイントメント」にかける緻密な計画と内容の充実度が半端なく、またそれに費やすお金も(お金のことを言っていやらしいが)「糸目はつけない」という寛大な心は、オリンピック誘致に成功した時に「お・も・て・な・し」と宣言した国の人々はぜひ見習ってほしい。いや、他人事じゃないよ。我々日本人として見習いたいものだ。

そして、その人の温かい気持ちに加えて、都市部では見られなかった「街の景観」についても、郊外に行くと実はシンガポールはそんなに変わっていなかったのだ。私たちが働き盛りのころを過ごした地域、ときに悪戦苦闘して文字通り汗をかいていた町が変わらずそこにはあった。シンガポールは根っこのところではあまり変わっていなかったのだ。次のブログでは、少し個別の体験などを書いてこのシリーズをまとめようと思う。

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