「ギターとハーモニカ対決」

 学生時代はギターに夢中になっていました。クラシックギターです。入門は中学3年生のときに買ってもらったフォークギターでしたが、なんとも中途半端に時が流れ、悔悛した私は大学入学後に思い切って「ギター部」の門を叩いてみたのです。

たまたまそこで、ギターを身体の一部のように扱いながら美しいメロディーを奏でていた大先輩のMさんが私を歓迎してくれ、私の師匠になってくれました。一介の学生メンバーとは規格が違う相当な腕前の持ち主と言うことは後で知りました。そんなセミプロの先輩に教えられたので、私の腕もメキメキ・・と行けばよかったのですが、やはり人の持って生まれた技能というものは個体差が大きく、せいぜい中の上程度にしか上達しませんでした。それでもいくつかの有名な曲をそれなりに仕上げて、自己満足に浸ることは出来ました。

卒業してから、髪を切り髭も剃って就職した私は、会社の独身寮、結婚してからの新居、海外駐在の住まいと移動するたびに、引っ越し荷物の中に忘れることなくギターのハードケースを入れてきたのですが、そのケースの鍵が開けられることは非常に稀になってしまい、そして、とうとう「開かずの扉」になってしまいました。

それが4年程前、世の中がコロナに席巻されたころ、私は何故か、どうしてもギターをもう一度始めたくなり、その扉を開きました。昔覚えた曲をすぐに再現することが不可能だったのは言うまでもなく、先ずは基礎の練習、指のリハビリや譜面を読む感覚を取り戻すことにかなり地道に時間をかけました。そしてようやく「アルハンブラの想い出」がぎごちなく完成したころ、私と同じく高齢になったギターの第4弦があっけなく切れてしまったのです。

その不憫なギターは、弦が切れたまま、更に2年間放置されることになったのです。

話しは91歳の父親に移ります。ハーモニカが得意で私の幼少のころから、よくいろんな曲をリズムをつけながら吹いて聞かせてくれていました。それが同じように「開かずのケース」になり、数本あったどれもが行方不明になってからどのくらいの月日が流れたでしょうか、偶然出てきた「入門タイプ」のハーモニカを、昨日、「つどい場カフェ」で披露しました。すると、数十年前のことが、まるで昨日のことのように、歌集の本のページを繰りながら吹きこなしていき、周りを驚かせました。手や口が覚えている記憶というのは、まさにこういうことなのでしょう。

それにしても、このギターとハーモニカ対決では完全に負けを認めざるを得ません。しかし私の手や指の記憶というものは、いったいどうなっているのでしょうか。

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