「アオゲバトオトシ」

卒業式の季節ですね。皆さんにとっての卒業式のイメージってどんなものでしょうか。また、特別な「卒業式の思い出」がありますか。

私は残念ながらほとんどありません。と言いますか、私にとっての卒業式は、小学校のものが最後だったからです。中高一貫の私学だったので、中学に卒業式はありませんでしたし、高校のときは、ちょうど大学入試の日と重なって出席できなかったのです。大学では、何か全員が視聴覚教室のような階段教室に座り、記念式典のようなものがあった記憶がありますが、厳密な意味での卒業式ではなかったと思いますし、何より、あまり記憶がはっきりしていません。

そういう意味では、小学校のときの卒業式が私にとっては、記憶のはっきりしている唯一無二の卒業式であったと言えるでしょう。

なぜ、記憶がはっきりしているのか。それは、式の後に恩師、友人と一緒に写真を撮り、その写真自体が脳裏に焼き付いているからです。その写真に、記憶が後付けでくっついていったとでも言いましょうか。

手づくりのニットの上着に半ズボン姿のボク、左隣には「背の高さ順で整列した時に、いつもボクのすぐ後ろにいた」マー君、右隣には破顔一笑で立つH先生。今はどこに行ったかわからない写真の中の光景です。場所は、小学校の正門のすぐ前です。そして、その思い出の写真のBGMとして、いつも流れてくるのが、「仰げば尊し」です。ですので、その式では、きっと「仰げば尊し」を歌ったはずです。

「あおげばとうとし わが師の恩 教えの庭にも はやいくとせ」

卒業式に参加しない中学、高校が過ぎていくうちに、いつしか、この歌は卒業式でも歌われなくなってきたようです。そして気が付けば、子どもたちのあまり知らない曲になってきていたようです。「教師への感謝の押しつけ」とか「時代にそぐわない古めかしい歌詞」とか、それが歌われなくなったのには、いろいろ説があるようですが、古きよきものを代々未来へ伝えていくのは、そう悪いことではないのになあと思ってしまいます。むしろ、その時代の流行歌(この言い方自体が昭和の置き土産ですが)を卒業式の歌にもってきても結局は次の流行にもみ消されていくのに勿体ないことだと思います。

さて、「仰げば尊し」と聞けば、すぐに思いだすことがあります。

ある介護施設に勤めていた時のことですが、90歳くらいの恰幅の良い利用者さんで非常にBPSD(行動心理症状)の激しい方がいました。短い音節の言葉をフロアで大声で叫ばれたり、頻繁に外に出ていかれては、職場全員の出動態勢で捜索したりを繰り返していました。警察署からも電話がかかってきて迎えに行きましたが、何故かその時はご機嫌で、ご苦労様とねぎらってくれたりしました。夜中に「ほふく前進!」という命令を受けて、本当にフロアを這いつくばって進んだりしました。「わからん!」が口癖でした。

そんな利用者さんが、CDで「仰げば尊し」をかけると、直立不動になり、滂沱の涙を流しながら嗚咽されるのです。本当に声を上げて泣かれるのです。脳の奥に深く刻まれた記憶がゾワゾワと動き出してくるのでしょうね。

私にとっての「仰げば尊し」は、そのような記憶と共に刻まれていくはずです。その方は、それからしばらくのときを経て、フロアで大きな音をたてて突然倒れ、そのまま人生を卒業されていったのでした。私の中では、まだ「仰げば尊し」は一番の卒業ソングです。

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