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Myコラム(10) 「人のQOLについて(前編)」
今担当している認知症介護実践者研修の持ちゴマが「(認知症の人の)QOLを高める活動と評価の観点」というトピックなので、もう一度、頭の整理の意味もこめて、人にとってのQOLについて考えてみたいと思います。
QOL(生活の質)という言葉がよく言われるようになってきたのは、意外に昔までさかのぼり、1970年代のころと言われています。高度成長期でイケイケドンドン、物の量的なものがまず追及されていくさなか、もっと質的なものに目を向けようという反省から言われるようになってきたようです。
QOLが高いという状態を嫌がる人はまあいないと思います。QOLが高い状態はすべての人が求め、追究するところのはずです。それは、もちろん認知症の人にとってもそうですし、障害のある方にとってもそうですし、たとえ人が寝たきりになったとしても、その状態において少しでも生活の質を高めるように(周囲の人が)するのは必須ではないかと思うのです。「認知症ケアの理念=認知症の人本人とその家族のQOLの向上」と言い切るケア指導者もいます。
では、元に戻って人にとって「QOLが高い」というのは、どういうことを言うのでしょうか。私にとって「QOLが高いとき」とは・・・・一日の仕事モードを休憩モードに切り替えるとき、好きなクラシック音楽を聴いているとき、夕食の間に芋焼酎のロックを飲んでいるとき、何も考えずにマッサージチェアに座っているとき(そういう時には逆に新しいアイデアが次々浮かんできて、覚えておくのに苦労しますが)などいくつかはすぐに浮かんできます。そして、そういう時は、「あ~この状態がもう少し長く続くといいなあ」と思います。思いますよね。
では、今これを読んでいるあなたはどうでしょうか。「私はお酒は飲まないから」とか、「クラシックは聞きません、もっぱらロックです」とかいろいろあるはずです。そう、「私にとってのQOL」と「あなたにとってのQOL」は違って当たり前なのです。世界の90億人には90億通りのQOLがあるのです。 (後編に続く)
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