#035 「変な人」

最近、ネタに尽きて来たのか自分の内面のことを書くことが多くなってきました。ブログだから、いつも主語は「わたし」でいいのでしょうが、もっと外側で見たこと、聞いたこと、感じたことを書いていければと思います。ネット社会という現代を生きる人々の重要な役割のひとつに「ネタ探し」があるのですから、精進したいと思っています。

 さて、今日は自分が自己紹介をする機会があった時にいつも同じように言っていた「変な人」というキーワードについてです。だいたい、このキーワードを使っていたと思いますが、鮮明に覚えているのは、大手楽器製造会社に就職し、海外事業部という部署に配属され、初日に行った自己紹介の内容で「・・・血液型はAB型で、はっきり言って変な人です」というものです。今考えれば、AB型の血液型と「変な人」に因果関係はないと思いますし、もしあると言い切ったら、世の中のAB型の人は怒りますよね。

 しかし私の中では、「AB型」の部分でも、「変な人」のところでも、小さくドヤ顔をしていたはずですし、そういう意味で自分の中での共通点を持っていたのでしょう。

 それらに共通していたのは、「マイノリティ」でありたいというある種の憧れと、世の風潮への主張と反骨精神だったのかなと思います。大学生のときに、ある大きな家庭教師派遣会社の集団面接に参加して、その場で、他の皆さんの前で「はっきり言って、教師という職業は嫌いです」と放言したことがありました。場をわきまえないバカな発言ですよね。案の定、個別に主催者に呼ばれ注意をされ、当然ながら不採用となりました。

 今でも自分は「変な人」だと思っていますし、そのことに誇りを持っています。「良い人」とひとくくりにされてしまうと、ちょっと不名誉な気持ちがしますし、「変わっていますね」と言われると嬉しくなります。変な人ですねえ。ただ、ひとつ言えるのは、「変な人」という範疇にアイデンティティを見出そうとはしていますが、大勢に迎合せずに一人で孤高に生きていくタイプかと言えば、全く違うのです。承認欲求が強く、人恋しいことが多いのです。大学生のときにつけられたあだ名が「寂しがり屋」でした。まあその辺の矛盾が、一番「変な人」の「変な人」たる所以かもしれません。

 個性が埋もれがちになっていく世の中です。ネットでの影響が世論の大部分を占めてしまうこともあります。「出る杭は打たれる」ということも往々にしてあります。だからこそ、一方ではそれに危機感を感じている風潮が「個性」とか「個別化」ということに重きをおく流れも現れてきています。大きな流れの中で埋もれてしまうより、「変な人」でもいいから、自分の顔が見えるような生き方をしたいなあと思っています。

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