#198 「人に笑いを 地域に愛を」

 ~喜楽館公演(2/23)のごあいさつにかえて~

 私たちが開いています地域の居場所(つどい場カフェ)で一番大切にしているものが「笑い」です。「笑い」は私たちの最大の強みともいえます。私たちの居場所ではつねに笑いが絶えることがありません。なぜ笑うのか。それは、参加者の方々が、笑いはいつも人間関係の潤滑油となり、笑うことで前向きで幸せな気持ちになることがよくわかっているからだと思います。

 思い起こせば、私は子供のころはとても内向的で恥ずかしがり屋の人間でした。家に来客があったときは柱の陰に隠れていました。それでも両親が言うところによれば、常に何か面白いことを言って人を笑わせるような、そんな子供だったようです。

 その性質は今も変わりません。信条は「人を笑わせてなんぼ」です。まあ実際に人が笑ってくれるかどうかは別問題ですが(笑)。自称「平和主義者」でもあり、けんかは大の苦手です。ゆるいと言われようが、風見鶏と言われようが、そこはどうしても変わりません。

 そんな「笑い」と縁が深い私は、45歳で介護福祉の世界に入ってからも、その信条は変わっていません。認知症グループホームで働いていた私は、夜中に「ほふく前進!」と叫ぶ指揮官様の命令に従って、本当にフロアを腹ばいで前進しました。リビングで突然,ドジョウすくいの踊りをして、95歳の利用者さんを爆笑させたこともあります。寝たきりになり言葉を話せなくなった利用者さんのおむつ交換のときはわざとおならを出したら(器用でしょう)、ずっと表情を変えることもなかったその方が本当にふふふ・・と笑い出したのです。今でこそ「コンプラ的にどうなの」と言われそうなものばかりですが、結果的に利用者さんを笑わせて幸せにできたからよかったと自画自賛しています。昔なら「いいじゃないの幸せならば」というところかな。かなり古いですが。

 さて、今や世界の関心事は一番にAIだと言っても過言ではありません。国民的ヒーローだった故長嶋茂雄さんならAIを「アイ(愛)」と読んで笑わせてくださりそうですが、これだけ普及している今でもAIと愛をどうやって結びつけるかは大きな課題だと思っています。

 天邪鬼な私は、いつまでも「アンチAI」の旗を掲げて、周りからは暖かい「冷笑」を買っています。なぜアンチなのか、それはただただ天邪鬼ということもあるんですが、やっぱり世の中に必要なのはまず、AIでは担うことが難しいもの、それは「笑い」であり、そして「愛」だと思っているからです。

 「笑い」とは筋書き通りにはいかないものです。笑いにとって大事なのは「意外性」と「空気感」だと思っています。「え、あの人がこんなことを言うの」という、笑いを起こすそのときの空気感と、その人の普段見せている姿とのギャップ(意外性)が多分に笑いにつながると考えています。こう考えると、やはりAIでは本当に笑える「笑い」ってなかなか生み出すのは難しいんじゃないかと思っているのです。AIに意外性や空気感ってなかなか期待できないですからね。

 今日は普段、生きづらい人も生きづらくない人も、しんどい人もしんどくない人もとにかく笑って帰っていただきたいと思います。「福祉(ふくし)」という熟語の漢字の「福」も「祉」も両方とも「しあわせ」を意味するんです。「ふくし」の言葉は、その頭文字を使って「ふだんの くらしの しあわせ」とひも解くことができます。そして私は「しあわせ」だと自然に笑いが生まれ出ると思いますし、逆に笑っていると、それだけで「しあわせ」な気分になると思っています。作り笑いでもいいんです。どうぞ皆さんの普段の暮らしが「笑い」で、そして地域が愛で満たされますように。  (写真:2026年2月11日 神戸新聞)

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