#183 「名演技」

 名優、仲代達也さんが亡くなられた。私自身がそれほど熱心なファンという訳でもなかったが、いくつかの映画やドラマは見たことがある。「椿三十郎」「影武者」「二百三高地」「大地の子」など。「椿三十郎」はモノクロ映画なのに、あの血しぶきがあまりにリアルで真っ赤に見えた映像が衝撃的だった。黒澤監督のなせるマジックなんだろうが、仲代さんの名演技がそれを際立たせたのかもしれない。

 最近は昔ほど映画もドラマも見なくなったが、それらを見るときは、その出来栄えやストーリーを追うことは言わずもがな、俳優さんの演技に注目することが多くなってきた。なんだろう、もしドラマを作品として集中していたらまるで現実の世界で起こっている出来事のように入り込んでいくのが自然だと思うが、どうも「少し距離を置いて」俯瞰して見ていることが多いみたい。これも性格かなあと思う。

 で、俯瞰して見ているというのは、各役者さんの演技に目が行くということである。「これはドラマであり、それをどんなふうにそれを演じているんだろう」ということが気になるのである。感情が爆発しているようなシーンでは、なるほど、演技が上手いか上手くないかはわかりやすい。嘘っぽい泣き方や笑い方、怒り方や悲しみ方ならすぐにわかる。

 いや、誤解なきよう。決して「演技が上手くない人が多い」と言いたいのではなくて、そんな上手くない人を見つけるのが難しいくらい、俳優さんは皆さんすばらしく演技が上手いと驚くことが多い。普段生活している中で人と接するときより自然だと思うくらいだ。普段の生活より演技のほうが自然なんて何だか矛盾しているようだが。

 演技が上手いと感じるのは、「その微妙な空気感を出す」ということだ。感情が爆発するのはむしろわかりやすい。ただ、無表情の中に「不安」とか「絶望」とか「期待」とか「嫉妬」だとか、まあ見事に感じとれることがある。その都度、驚嘆する。無表情の中にこめる感情ほど難しいことはないと思うが、それはひょっとしたら日本人のお家芸なのかもしれない。なんなら背中で演技するなんてこともできるだろう。

 最近で見た映画に、安達もじり監督の「港に灯がともる」がある。その中で主人公、灯を演じた富田望生さんの演技は見事だった。喜怒哀楽の場面はまさに「ゾーンに入った」感じだったし、とにかくひとつの表情を長回しで撮る場面が多く、その中で感情が揺れ動いたりしているのが手にとるようにわかった。また父と口論した後トイレに駆け込み、その本人が映っていない3分もあるかと思うくらい長いカットの中で、本人の息づかいと「空気感」だけで表す感情の変化はまさに圧巻だった。よく知らないが、柔道の世界で「空気投げ」とういう技があったんじゃないかな。まさに空気投げの技だ。    (写真:「港に灯がともる」、今年上映された地域上映会のチラシの数々)

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