#205 「ながら族」

 ながら族である。朝ご飯を食べながらポッドキャスト番組を聴く。料理しながら英語の練習をする。寝ながらヘッドフォンをつけて音楽を聴く。電車で移動しながら本を読む。病院の待ち時間にスマホでニュースを見る。エアロバイクをこぎながらNHKの配信番組をスマホで見る。あげだしたらキリがない。

 なぜ、「ながら族」なのか、「ながら」をやってしまうのかを考えたら、多分に性格的なところからきていると思う。シンガポールで覚えた語彙を使うと、「キアス」という言葉で表されるいつの間にか育まれた性格だと思う。「キアス」というのは、シンガポール人からいつも聞いていた説明によると “afraid to die”(死ぬのが怖い)、転じて「失いたくない」「得をしたい」「競争に負けたくない」という意味だと受け取れる。しかし、私の場合はちょっと意味は違うかもしれないが、日本で言う「貧乏性」が一番当てはまるのではないかと思っている。「貧乏性」なんとなく嫌な言葉だ。

 生まれついて持った性格かどうかは覚えていない。しかし、私の最初の「ながら族」体験は小学校6年生のとき、中学受験の勉強をしながら深夜のラジオ番組を聴いていた頃からだ。特に「ヤングタウン」通称ヤンタンは当時大人気のお気に入り番組だった。横山プリンとキャシー、笑福亭鶴光、あのねのねの原田伸郎、日々変わるパーソナリティーとメニューは私に1週間の楽しみを与えてくれていた。

 しかしまあよくラジオ番組を聴きながら勉強ができたものだと今になって思う。今でもその記録は破られていないが、「人生で一番勉強をした時期」が小6だったというなんとも悲しい歴史。深夜なんてものではなく、午前2時や3時まで勉強する(半分ラジオを聴く)のはざらだった。それはあることによって、さらに強化された。まさに士官のような年配の私塾の先生が「君たち、昨日は何時に寝たか?」と寺子屋風の部屋で約30人の塾生に聞く。「1時、2時、3時?」と順番に手をあげさせる。2時3時くらいが最頻値だ。その中で「12時前」というカテゴリーで手をあげるのはかなり勇気がいり、皆の前で恥をかかされるということになる。だからさらに勉強する。「遅くまで勉強するのが美徳」という文化が醸成されていった恐ろしい時代だった。中学受験勉強版ヨットスクールのようであった。

 話を元に戻すと、この「ながら族」体質は、ベースには「何もしていない時間」の間が持たないというか、もったいないと思う気持ちが強いというのがあるのだろう。そしてどうせなら一緒に二つのことをやれば儲けものと思うのかもしれない。やっぱり貧乏性だろうか。はたまた「キアス」だろうか。

 しかし、しかーし、私の今年の目標は「ボウっと過ごす時間」を一日のうちに少しでも持つということだ。ながらどころではない。「何もしない」時間を10分15分でも持つのだ。今のところ、ながらをしない時間は「マッサージチェアに座っているとき」と「寝る前に紀行番組を見ているとき」の二つだけだ。よく考えれば、この二つの時間は私の生活を支える貴重な時間になっている。癒しの時間だ。おそらくこれらがあるから生活が成り立っているのかもしれない。だからもう少し踏み込んで「何もしない」時間を作ろう。でないと脳のデフォルトモードネットワークが働かない。ってやはりキアスだ。

 そうだ、入浴の時間はどうだろう。バスタブに浸かって15分間はボウッとする。ダメだ。体質的にバスタブは長くて30秒くらいしか浸かっていられないから。

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