#193 「サルでもできるルーティーン」

 昔々「サルでもできる○○〇〇」とかいうノウハウ本のシリーズが流行ったことがあったが、いや、絶対サルができるはずはない、とそんな時だけは真面目に考えていた。

 日々の中にルーティーンでやっていることは誰でも多いと思うが、そういう私も多く、しかもそれがだんだん増えてきて、今やそれらすべてを完全にこなすのが困難になってきた。そのルーティーンのほとんどは自分の健康のため、スキルアップのためというものなので、まあやらなくても「自分が磨かれないだけ」だからさほど悪影響が出るものではない。だからこそ忘れやすくなるのだろう。

 例をあげれば、朝ご飯までに体温、血圧を測ること、食事前の漢方薬(めまい予防のための)を飲むこと、食事をしながら約30分英語のPodcastを聞くこと、スクワット25回にダンベル約5分。夕方はスクワット25回にエアロバイク30分、食前の漢方薬に緑内障の点眼。ベッドに入ると最低30分は録画した番組を見て気持ちを休めることなどなど。

 あとは決まったタイミングでのルーティーンとは言えないが、少し疲れたと感じたら、マッサージチェアの15分コースで体と心をほぐす。これも自分の中での一つの決め事であり、大事なルーティーンとも言えるだろう。

 以上のルーティーンとして、普通の生活動作(食事、トイレや入浴、着替えや歯磨きなど)や通常の服薬などは除いているが(それらはルーティーンとは表現できまい)、それにしても数え上げれば一日のうちに結構多くのルーティーンを入れ込んでいることがわかる。それも朝夕に特に多いことがわかる。

 しかし、これがたまに歯抜けのようにどれかが抜け落ちることがあるのだ。特に新しいものほど抜け落ちる。まるで高齢期の短期記憶のように。

 ルーティーンの抜け落ちが短期記憶の喪失だとすれば、ルーティーンを抜け落ちないようにこなす方法は、やはり認知機能の絡みで考えてみると、「体に覚えさせる」こと、つまりは「手続き記憶」として脳の中に格納することだ。

 例えば、私は起床後2階から1階に降りてくると、まずはスマホを充電器の上に載せるのだが、これはもはや体が覚えた動きだ。この動きをしないと体が何か不自然な感じを覚え、「あれ?寝床にスマホを忘れてきた」とすぐにわかるというしくみだ。つまりルーティーンを「体の自然な動き」として覚えさせることが肝要かと思う。

例えば、朝のスクワット25回とダンベル5分は、トースターを焼くタイミングと合わせている。すなわちトースターのダイヤルをグルっと回すと、スクワットを始めないと体がすぐに不自然さを感じるということだ。

 こんな感じで、何かの動きに合わせて体が反応するようにしてルーティーンをこなすように心がけている。それがサルでもできるルーティーンである。しかし時々困ることがある。何か体の決まった動きの前に行うルーティーンだ。これは忘れる可能性が大いにある。例えば、食事を始める前に飲む食前の漢方薬。食べ始めて気づくルーティーン忘れ。やはりサルでもできるとはいかない。ところで、最後になったが「サルでもできる〇〇」ではなく、「サルにもわかる〇〇」だったかもしれない。悪しからず。  (写真:ケンタロウにもできるルーティーン)

コメント

コメントする

目次