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「記憶」
2021年の映画「ファーザー(原題”The Father”)」を観ました。主演のアンソニー・ホプキンスがその名の通り、アンソニーという名前の父親役を演じ、見事、2021年度のアカデミー主演男優賞を獲得しました。また、この映画は脚色賞も獲り、作品賞へのノミネートもされていますように、かなり当時、話題になったようです。
映画自体は、全品通して認知症になったアンソニーの視点から描かれています。その見るもの聞くことすべてが断片的で、決して完成しないジグソーパズルのピースのようで、娘がケアスタッフになり、ケアスタッフが娘婿になり、家政婦が娘になり、それらが突然入れ替わったり、戻ったりと(おっとあまり話すとネタバレになるので、このあたりにしておきます)観るものの意識を混乱させます。
認知症ケアを専門にしてきて理解している立場から言えば、多少の「このようにはなりそうもないこと」もありましたが、概ね、認知症の方の記憶の混乱を表していましたが、何よりも父親役のアンソニー・ホプキンスの見事な演技は(史上最高の演技と言われているようです)観るものに、認知症の人の世界を非常にリアルに体験させてくれます。自分が認知症になったときの疑似体験をさせてくれます。そして、これは、父親の心の葛藤を描く単なるヒューマン・ストーリーではなく、ミステリー作品としても十分成り立ちます。
認知症ケアを専門に勉強し始めて以来、なかなか難しくわかりにくいもの、だからこそいつまでも興味をひいてやまないトピックが「記憶」です。「認知症の人はつい最近のことを覚えられない、でも昔のことはよく覚えている」とひとことで言ってしまっても、そこには数多くの科学的、生体学的なシステムや理論が裏付けされていて、そしてさらに、いくつもの「なぜ・どうして」が隠れています。「なぜ、人は記憶違いをするのか」「なぜ、他のことは忘れても昔吹いていたハーモニカを吹けるのか」「どうして昨日思いだせなかったことを今朝は思い出せたのか」。それらを勉強して、ひとつひとつ腑に落ちるようになることは、とても楽しいことです。
さて、NHKの「ヒューマニエンス」によれば、「忘れる」ということは、他の記憶を強化するために欠かせない、人に備わった能力だそうです。人は、大事なことを記憶しておくために、他のいくつかの記憶を忘れていくのです。その忘れた記憶は、すべて無用なものとか役に立たないものとかは決して言えないでしょうが、少なくとも、それが人間に生まれながらに与えられた機能であり、それによって今日まで生存競争を勝ち残ってきたとするなら、その記憶の「代謝」は人間にとって必要だったのでしょう。そんなことを考えていると、高齢になると、自然な老化により忘れっぽくなることは、実に「自然の法則」に従っているのだと思えてきます。
長生きして、肩の荷物を一つずつ下ろして、人生を顧みるという作業が多くなる人生の終盤には、昔の懐かしい記憶だけが残っているのも悪くないかもしれません。もちろん、そんなことで認知症を説明しようという無謀なことはしませんが。
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