#016「安心安全」

 人一倍あまのじゃくな性格の私は、みんなが同じことをしていると違うことをしたくなります。そういう性格もあってか、もう何年も「流行語」のように使われてきた、この「安心安全」の言葉を聞くと、あまりいい気持ちがしません。

 もちろん、「安心安全」は非常に大切なことで、それは人の生活の質を上げるためにはなくてはならないものでしょう。問題は、どうやったら、その「安心安全」を実現できるかの根拠もなく、私流に言わせれば「呪文」として使っている政治の方々や業界の方々などです。「人々の安心安全を確保するために、私はこの政策を実現します」とか「○○株式会社は人々の安心安全を第一に考え・・・」というスローガンに使って、それでドヤ顔をされていることです。

 何が安全なのか、どうやって安心するのか、そこが語られなければ、むやみに「安心安全」と唱えてはいけないような気がします。そして、私たち市民が一番、それに突っ込まなければいけないんじゃないかと思っています。

 安心安全の呪文と同じく、今の世には様々な社会的な儀式があります。その最たるものが「謝罪会見」や「第三者委員会」などです。そろそろ、「もうそんな儀式は飽きたので、もっと本質的なことをやりましょう」と私たち市民が声を上げなければと思う今日この頃です。

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